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きょうも一日が終わる

きれいなものをきれいな文章で切り取りたい。

言葉が先か心が先か

苫野一徳 on Twitter: "いつも学生たちには言っているけど、本を読みまくっていれば、いつか自分がGoogleマップになっていたことに気づく。今は、摩天楼群の中で道に迷って、自分がどこに進んで行けばいいか分からない。でも読書を積めば、ぐっと空に舞い上がり、その道が突如として開けるものだ。"


苫野一徳 on Twitter: "それから、本を読んで「言葉をためる」経験をとにかく積んでほしいなと思う。高校生までは、「やばい」だけで会話が成り立ったかもしれない。でも大人になったら、何がどう「やばい」のか、価値観や感受性が違う人に言葉をつむいでいかなきゃならない。"


哲学者、苫野一徳さんのツイート。
そう、言葉は「溜める」ものなんだよね。
「面白い」「楽しい」「辛い」「どうしよう」「感動した!」
そんなさまざまな気持ちを「ヤバい」は表せる。
まるで王朝文学の「あはれ」のように。
それはそれで高度な技術だけれど、ずいぶんと内輪だ。


柳田國男は不満は勉強が解決する!(意訳)って言っていたけれど、それは新しい学問や思想を知ることが問題を解決するのと同時に、
新しい言葉が、言語化されないで渦巻いていた感情を昇華させる、ということをも表しているのかもしれない。


「絶望」「矛盾」「◯◯化」そんな難しい言葉ばかり使いたがる高校生と出会ったことがある。
彼はその使い慣れない言葉に託して、渦巻いて仕方のない感情をなんとか形にしようともがいていたのかもしれないな、と今になって思う。