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きょうも一日が終わる

きれいなものをきれいな文章で切り取りたい。

ざらっとした気持ち

急いで先週の振り返り。
体育のバレーボール。
クラスを4チームに分けて試合をすることになったので、わたしはその片方の見張りを任された。
審判は子どもたち自身でやるそうだから、「見張り」という表現が近い。要するに見ているだけ。
子どもたちは何度もどちらに点が入ったかでもめた。一回ボールの受け渡しが途絶えるたびにもめた。
でもわたしは何も言わなかった。もめることも含めて勉強なのだと思っていたから。
子どもたちが「公正な試合のために審判をしてほしい」と言うまでは黙っていようと思った。
勝手にスコアボードをめくる子どもに「みんなで話合ってから来て」とだけ繰り返した。
結局子どもたちは妥協点を探すこともあれば、強硬することもありつつ試合を終えた。
この試合の振り返りをしたいなぁと思った。どういうことが起こったのか。どういう気持ちになったのか。
「最後に一列に並べて礼をさせてほしい」と担任の先生に言われていた。
だけど負けたチームの子どもたちは三々五々に散らばっていく。
「きちんと礼をして試合を終えよう」とわたしは言った。大きめの声だった。
それでも負けたチームの子どもは集まらず、わたしはもっと大声をあげた。
結局、勝ったチームの子が引っ張るように散らばった子どもを集めて礼をした。
わたしは大きな声を出しながら、無理やり礼をさせながら、ざらっとした気持ちになった。
これは正しくないやり方だとその瞬間から感じていた。
「わたしは何故礼をさせるために権威を使ったのだろう?」
責任を持って試合をするために礼が欠かせないと考えていた?
担任の先生に言われたことをやらないと、という自己防衛?
子どもが自分の言う通りにならず腹立たしかった?
多分、そのどれもの要素が少しずつある。そして、そのどれもがその場にいる子どもへの目線から生まれたものではなかった。


今日もがんばろう。