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きょうも一日が終わる

きれいなものをきれいな文章で切り取りたい。

20170526

わたしが自然に行うことのひとつひとつが、わたしが憧れるひとと違っているなぁと思う。
と同時に、わたしは自分とは違うひとをまた目指していたのだなぁと気がつく。
いつもそう。憧れ、すてきだなぁという思い、羨ましい、いいなぁ。わたしは自分が好きなひとやものにすぐ寄っていってしまう。


他人にはなれない、ということは悲しくもあるけど、とびきりすてきなことだ。
他人にはなれないから、わたしも誰かの力になれる。
わたしだからこの場でできることを、体験の中から掘り出していきたい。


ーーー
やっぱり小学校の学級担任はわたしには向かないだろうなぁと思う。
「きちんと統率してほしい」という子どもの無言の訴えが辛い。
わたしにとってもっと力の出しやすい、子どもや学校、社会との関わりを再考したいなぁ。

20170524

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あんなに長い、長いと思っていた5月が暮れようとしている。
わたしはこの5月に何ができたのかなぁ。


どうしても、たくさんの人のベストを目指そうとして誰にとっても微妙な解へたどりついてしまう。
他人のベストをわたしが実現することは不可能だということをもっと思い知りたい。
わたしがベストをつくるんじゃない。ひとりひとりが自分のベストを探せる環境を整えること。


ひさしぶりに草木染めをした。
左のオオヤマザクラ
右は昨年染めたソメイヨシノ
ソメイヨシノがほんのりピンクなら、オオヤマザクラはじっくりとした茶色。
今回は先媒染だったからそれが関係してるのかも。
染め物は染材をぐつぐつ煮出している時間がたのしい。
どんな色がでてくるのかわからないから。
すでにわかってしまっていることは、たぶんつまらない。

20170520

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今月の短歌には笹井宏之さんの「簡潔に生きるくらげ発電のくらげも最終的には食べて」を選んだ。
4月よりもぐっと出来ることも持っているものも増えた今だからこそ、簡潔に暮らして簡潔に生きたい。


わたしの考える「簡潔に生きる」は、自分の欲求と現実が釣り合っている状態をつくること。
自分のほしいもの以上のものを持たない。
自分がしたくないことをしない。
「いつか使うだろう」っていらないものを放っておいたり、「仕事だから仕方ない」って魔力ワードで自分の心を殺しているうちに、家も心もどんどん雑になっていく気がする。
本当はほしいものもしたいことも、突き詰めればほんの少しなのだと思う。
根元はすべていっしょ、みたいな。
すこしずつ簡潔にしてゆきたい。


ここ一週間よく夢を見る。
今まで関わってきた子どもやおとながたくさん出てくる。
朝起きても何も覚えていない。とにかくたくさんの人がいてなにやらたくさんのことが起こっただろうことだけ感じている。
いま変に疲れているのは頭も心も整理されていないからなのかもしれないなぁなんて思う。

20170515

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べつにいいじゃん、みたいなのを大事にしたいなぁという気分。


今日子どもの雰囲気が全体的に悪かった気がするけどべつにいいじゃん。
毎日たいして勉強できなくてクッキーとか焼いたりしちゃったけどべつにいいじゃん。
なんか疲れ気味でしっかり子どもと関われなかったけどべつにいいじゃん。
同じ職場のひとにかるーく批判された気がしてちょっと落ち込んだけどべつにいいじゃん。


こういう日もあるし、たのしいこともあったし、べつにいいじゃん。

20170514

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日曜日。雨上がりの朝。新緑。
サイコーだなぁ。


他人に素直に気持ちを伝えること。
心の襞を一枚はがしてみること。
そういうちっちゃくて大きい勇気は確実にだれかへ届くのだなぁと思う。


「あなたが大切にしているものは?」より「あなたが諦めたくないものは?」のほうがよいインタビューなのでは、と言っているひとがいた。
わたしが諦めたくないものって何だろう。
肯定することを諦めない?
かなぁ。
だれかの行為を。自分の気持ちを。
もちろん批判精神だって大事にはしたい。けど、けど、肯定することは諦めたくない。
諦めないって思ってないと、すぐ否定をしてしまう。
すぐにだれかの行為を悪く解釈しちゃう。
すぐに自分の気持ちを襞の中に閉じ込めちゃう。
否定すべき行為も気持ちも何もない。
肯定してからどうするかのほうが、ずっとずっと大切なのだと思う。

20170512

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「結局、なんのためにやってるんだっけ?」
その問いに戻ってくるようにしよう。


もし学校から先生が消えてなくなって、子どもと校舎と教材だけが残ったらどうなるだろう?
そちらのほうが余程子どもを成長させる?幸せなれる?
学校の先生は何のためにいるのだろう。
子どもは日々何を学校で得ているのだろう。
何を失っているのだろう。


何度でも何度でもていねいに考える。

20170507

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旅先で見る夕焼けも、都会で見る夕焼けも、田舎で見る夕焼けも、大好き。
太陽も植物も毎日ちがうし毎日そこにある。


東京のど真ん中を歩いていたらむわっと草のにおいがして、地球はほんとうに緑の星なのだなぁと思った。
遠くに行ったから気づける身の回りのよさがある。
だいじなものは手を伸ばさなくたってそこにある。