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きょうも一日が終わる

きれいなものをきれいな文章で切り取りたい。

10月2日

ほら、やっぱり。
秋になるとブログを書けるくらいの心持ちになる。
落ち着く、というよりも振り返る気持ちになる。
“ここまで来たけど、本当にそれでいいの?”
秋になって初めて、そう思える。


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手帳の、10月の欄に書く短歌を探していて、久しぶりに堂園さんの『やがて秋茄子へと到る』を読んだ。
相変わらず、言葉をひとつひとつ埋め込んで出来たタペストリーのような歌集だと思った。


才能のある人たちを座らせる夏の小雨のように僕の手/堂園昌彦


よう「な」僕の手、じゃないのよね。
よう「に」僕の手。
「僕の手」が歌の中で繋がりを見つけられずに浮いている。雨の中に、身体の無い手だけが浮いているイメージ。
僕の手は、ほんとうは「夏の小雨のよう」じゃないのだ。
そうありたい、とか、そうであるしかない、とか何らかの理由で、「夏の小雨のよう」に振舞っているのだと思う。
だから僕の手はブレる、ブレる。雨の中でブレる。
「夏の小雨のような僕の手」だったら、なんてお目出度い奴なんだ、って一蹴されそうだけど、「夏の小雨のように」だから、じっと心に沁み入ってくる歌。


昔は結構ネガティブに捉えていた歌も、別の角度から覗くと大切に心に留めたくなる。
短歌はタイムカプセルですね。


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今年度も後半戦。
昨年は先の見えないRPGみたい、とか昔のブログに書いてあったけど、今年はでっかい砂漠の真ん中で、家を作ったり灌漑設備を整えたりしてる気分。とりあえず前に進まないとね。
モーニング娘。'15の「Oh my wish」が沁みる。