きょうも一日が終わる

きれいなものをきれいな文章で切り取りたい。

うれしかったこと

p84
『私は人間である。およそ人間に関わることで私に無縁なことは一つもない』と」。
ディミィトリスは瞬きもせず私の目を真っ直ぐに捉え、力強く言い切った。弱くなった午後の日の光が部屋に満ち、ムハンマドのつくるスープの匂いが調理場から流れてきた。
梨木香歩『村田エフェンディ滞土録』



大好きな一節。
このあいだ小学校の図書の時間に読んだ谷川俊太郎の詩集にも似たような言葉があった。
関係ないことなど、なにもない。


図書の時間に、静かに本を読んでみた。
壁に寄っ掛かりながら、かなり集中して読んだ。
うしろのほうでケンカ前のやわい言い争いがあるのも気にはなっていた、でも、子どもの前で本に浸ってみたいと思った。
はじめ、ひとりの女の子が近寄ってきた。
本から目をあげたら「集中してるの?」と聞かれた。
小さく頷いたら何も言わずに席へ戻って行った。
いったい彼女は何を聞きたかったのだろう。普段、そんなに話しかけてくるひとではない。
つぎに、いつも意思のつよい女の子が「こっち来て一緒に座ろう」と誘ってくれた。
近くの椅子に腰をおろして、一緒に本を読んだ。
ときどき隣の男の子が話しかけてきたけれど、やっぱりゆるゆると読書へ戻って行った。


本というものは、とくに物語や詩は、不思議。
ひとを、すうっと穏やかにする力がある。
そういう空気は伝染する。ゆるゆると。けれど確かに。
こういうふうにひとと在りたいな、と思った。
ゆるゆると。けれど確かに。


星野道夫さんの『旅をする木』の「もうひとつの時間」が好き。
アラスカへ行った女性の気持ちは、わたしの中にも流れている。

「東京での仕事は忙しかったけれど、本当に行って良かった。何が良かったかって?それはね、私が東京であわただしく働いている時、その同じ瞬間、もしかするとアラスカの海でクジラが飛び上がっているかもしれない、それを知ったこと…東京に帰って、あの旅のことをどんなふうに伝えようかと考えたのだけれど、やっぱり無理だった。結局何も話すことができなかった…」

物語も遠い遠い世界のひとつだとわたしは思ってる。
遠いところをふと思うとき、ひとはふっと穏やかになってしまう。
その時間がとても愛おしいとわたしは思う。